あらすじ
雨野隆治は25歳、大学を卒業したばかりの研修医だ。新人医師の毎日は、何もできず何もわからず、上司や先輩に怒られてばかり。だが、患者さんは待ったなしで押し寄せる。初めての救急当直、初めての手術、初めてのお看取り。自分の無力さにうちのめされながら、ガムシャラに成長していく姿を、現役外科医が圧倒的なリアリティで描く。
中山祐次郎「泣くな研修医」(2020)幻冬舎文庫 背表紙
雨野は大学卒業まで地元の鹿児島で過ごし、25歳で上京してきた。合コンに誘われても行きたがらず、家に帰るのが面倒くさいからと研修医室のソファで寝ている。雨野はまさに、坊主頭に白いTシャツが似合う青年だ、と私は勝手に思っている(本文には、雨野の眉毛の描写はあるが、髪については触れられていなかった)。
雨野は「命を延ばすことが一番大事で、たとえ94歳であっても可能性がある限り手術するべき」というような、ちょっと極端な考えの持ち主だ。それは雨野の純朴さ故なのかもしれないが、私は引いた。医学生ではないけれど、「ターミナルケア」という言葉は知っている。雨野が理想ばかりを描いているように見えた。
しかし誰にでも、そうならざるを得ない過去がある。エピローグでは、雨野が医者になる決意した出来事が明かされる。
その過去がある故、命を救いたいという想いが人一倍強い雨野。だからこそ、何もできない自分に打ちのめされ、ただ命を救うことが正解でない現実に悩む。それでも前に進む雨野の姿が、読者の胸を打つ。
ここからは、私が特に印象を受けた部分を2つ紹介する。
学生気分なら、辞めれば?
雨野は、交通事故で入院した5歳の拓真くんのことをとても心配し、何度も病室を訪れていた。だが、雨野が仕事が終えて珍しく飲みに行っている間に、拓真くんは激しく嘔吐してしまう。病院からの電話にも気づけず、慌てて戻った時には、先輩の佐藤が処置を終えていた。落ち着いた声で、佐藤は雨野に言う。
「医者はね、ミスすると患者を殺す仕事なの。それも、一度のミスで。雨野はすごく拓真くんのことを頑張っていた。病院に寝泊まりしていたのも知ってる。それでも、嘔吐を見逃して彼は集中治療室に再入室した。医者はそういう仕事なんだ」
中山祐次郎「泣くな研修医」(2020)幻冬舎文庫 p237
「は・・・・・・い・・・・・・」
涙を堪えるのに必死だった。
「学生気分なら、辞めな。私も岩井先生も命懸けなんだ。医者が命懸けでやらなきゃ患者さんは助からない」
雨野は拓真くんに、本当に回復して欲しいと願っていた。だからこそ、用がなくても拓真くんの様子を見に行った。
でも本当にやるべきことは、拓真くんに起こりうる危険な状態を考え、備えることだったかもしれない。どんなに患者を思いやっても、失敗の免罪符にならない。患者を救うのは、確かな知識と技術なのだ。そんな厳しい現実を、雨野は突き付けられた。
授業に出席していれば、宿題を提出していれば、テストがダメでも合格点がでる。そんな学生気分は一切通用しない。それが社会。(といっても医学部では容赦なく単位を落とされると思うが)
命を扱うほどの重圧でなくても、社会の厳しさを知る時が私にもやってくるだろう。自分に残されたモラトリアムを、アイスの最後の一口のように嚙みしめたい。
優しい嘘
雨野は末期ガンを患うイシイに胃管を挿入した。イシイは「これっていつまで入れたままなんでしょうか」と雨野につぶやく。生気のないイシイに胸を打たれ、雨野は咄嗟に「数日で抜けると思いますよ」と嘘をついてしまう。喜ぶイシイを見て、罪悪感を抱く雨野。様子を見かねたベテラン看護師・吉川に声をかけられた。
「治らない人に、治る見込みは少しはあるかもしれないと言ったっていいでしょ。治らない人に、治らないって馬鹿正直に言うのはおかしいと思わない?そりゃ可能性で言ったら一%もないかもしれないわ。でも、ちょっとくらい希望を持ってもらたっていいじゃない。それが『優しい嘘』よ」
中山祐次郎「泣くな研修医」(2020)幻冬舎文庫 p173-174
優しい嘘と言えど、「え、おたく40歳?見えな~い!」という類いの嘘とは全く違う。これはただのお世辞である。優しい嘘とは、相手を騙して希望を持たせることだ。
もともと人間は嘘をつくのが苦手だ。白目が発達したのは、目線が相手にわかるようにするためだと言われている。だから嘘をつくとバレるし、異性の目を真っ直ぐに見れる人はモテる。
雨野が胃管を入れた2日後、イシイは亡くなった。雨野と同じ25歳であった。
雨野が胃管を入れ「数日で抜けると思いますよ」と言った時、イシイは「そうですか!じゃあ頑張ります!」と明るい表情で言った。ほんの僅かな時間でも、イシイは希望を持って生きた。患者を救うのは、苦い薬だけではないのだ。
医者は役者だ。医学を用いて患者を救い、時に医学を否定し回復を信じる。冷たいメスと優しい嘘で、患者に希望を与える仕事だ。
キッザニア関係者の皆様、ご検討されたい。
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